ちえこの新婚生活-1
私の父は平常から色々な人と付き合いが派手であったから、私の結婚のお祝いに、着物や何かを山のように頂戴した。絹の布団も二組持って新居に着いた。新居は二階が一間、下は6畳に台所が付いていた。義母は私を早速、新教の祭壇の前に座らせ、拝まされた。それから毎日、夜は12時前に寝かされた事は無かった。朝は暗い5時頃から下でパタパタされるので、飛び起きた。それでも、初めてのお正月、丸髷を結って先方の親戚に挨拶に行った。それから日の経つうち、私が実家から持っていった物がどんどん無くなっていった。どうも、挙式の費用も、写真代も出してないらしかった。後年、この事は、母に確かめたが、本当の様だった。ある朝、私が、おそくなったと飛び起きると、姑が二階に上がって来て、枕が二つならんでいたのを見ると、足でそれを蹴っ飛ばした。
それからが大変だった。浩が私に、「神様を拝まなくても良い」と言ったと言うと、益々猛り狂るって、お説教をするのだった。家主の開明軒と言う洗濯屋の女将さんが家賃20円を払えと催促にくるが、払えないから待ってくれと言う事だけでも、最初は非常に苦痛であった。姑は「嫁に来て、一年もならないのに、浩の月給を取り上げてしまう、鬼の様な嫁だ。あんたなんか貰わなければ良かった」と毎日の様に口汚くいわれていた。実際は浩から一円も貰えず、私が母から貰ったお金で二人を食べさせている状態であった、がその内に、そのお金も無くなり、私のルビーの指輪、アレキサンドリアのペンダント、金時計、もいつの間にか無くなった。浩の帰りは毎日遅く、二階の窓から、大久保駅に電車が着くのを、1時、2時迄起きて見ていた。すぐ隣の二階家には日本画家がいて、毎日、女の人の絵を描いていた。私も描きたいなーと始めて想った。或る日、浩が火鉢の前で、私に話しておきたいと、真面目な顔で言った。自分の手の指の事だった。家には代々指が曲がる遺伝があるそうで、曽祖父は両手の親指が曲がっていたそうだ、自分は左手の小指が少しまがっていると。見せられた私は本当にぞっとした。これは又、うまく騙された。仲人も綺麗に騙された。生活も私と結婚する前はどん底生活だったらしい。大学を出て、ちゃんとした所に勤めていれば、こんな苦労はしなかっただろうが、私も愚痴ばかり零さず、どこかで働けばよかったかと、今では想う。当時は女が働くなど、考えられなかった。毎日毎日、の辛い事を親にも言えず、毎日宛名無しの手紙を書いて箪笥に仕舞っていた。或る日、父が来て、これからお宅と内は内々だから、何でも困った事があったら相談してくれと言ったが、姑は怒って「内の事はほっといてくれ」と言った。流石に穏かな父もがっかりしたようだった。それにも増して、自分の調べ方が悪かったために母にも責められ、ちえこを本当に可愛そうな目に合わせたと、悔し涙を流した事だろう。

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