富士山とふじちゃん
郁太郎の3男ー菊郎
今から丁度80数年前、私が小学校え入学して間もない頃の話です。先生も生徒もおおらかなものでした。
三軒茶屋で二股にわかれている、一方の大山街道を、代官屋敷に向かう、この辺りは神社と氏子の関係が複雑にいり組んでいた。つまり喜久屋や、我が家の方は、太子堂の八幡様の氏子で、牛飯屋だの紺ちゃん達の道の向こう側は、駒沢村の氏子で祭りの日が違う、また表通りえ出て西え少し行くと、若林の氏子となり、これまた祭りの日が違うのだ。
今度越してきた、ふじちゃんの家は、駒沢方と若林方の境目の道路に面している所で、格子戸のはまった玄関の両側に、大きな石が転がっていた。ふじちゃんは、自分達と同じ第二荏原尋常小学校え入学した。学年は同じだったが組が違っていた。そして皆と違うのは、まるまると肥っていて、西瓜に目鼻をつけたような可愛い女の子だった。
だからすぐ、自分たち近所の子供達の話題になったが、その前に親たちの間でも話が出ていたそうだ。と言うことは、ふじちゃんの家は、縁日や、夜店などで花や植木などを売る商売で、随分遠くまで売りに行くと言うことなのだ。
また、富士講の役員をしていたので、そのうちに、ふじちゃんが肥っているのは、「富士山に登って、お山の空気を吸ったからだ」と言う話が流れて来た。私は、重ちゃんと福ちゃんを連れて、棒ぎれをもってふじちゃんの家の前の道路を叩きながら「ふじでぶ、ふじでぶ」とはやし立てた。ふじちゃんは出て来なかった。その夜何時ものように兄と枕を並べて寝た。そして、寝付くまで色々な話をした。富士山の空気を吸うと肥る話も出た。「内のお母さんはお山の空気を吸ったのかなー」と聞いた。兄は、「そんな事は、自分で聞いてみろ」と言うのだ。私は聞かない方が良さそうだと思いながら寝た。
次の日、富士山が気になったので、夕方、門の前に立って見ると、夕焼け空に、黒富士山がよくみえていた。良く晴れた日などは、富士山の前の箱根連山や、丹沢山系の山襞がはっきりと見えることがある。或る日、校庭にある肋木に登って富士山を見ていると。大河原君が登ってきた。「この前ここから、富士山に人が登っているのが見えたよ」と言った。
そうか、良く晴れた日なら、人が登っているのがみえるかも知れない、と思った。その頃、兄の教室は、出来たばかりの二階にあった。二階ならもっと良く見えるに違いない。一心不乱に見ていると、「その子、もう授業が始まったぞと」怒鳴られた。私は「富士山に人が登っているのを見ているんだ」と言い捨てて自分の教室に戻った。その夜寝る時、兄が「今日、お前が帰ったあと、皆が窓の所に集まって、富士山に登る人が見えるか、見えないかで大騒ぎになったんだ」と話してくれた。その時、先生が見えて「何を騒いでいるんだ、静かに」と言われた。皆が口を揃えて、「富士山に登る人が見えるんです」「どれどれ、と先生も窓から身を乗り出して、、「ほう、見えた、良く見えた」と言われたそうだ。私は「富士山を見ながら空気を吸うと、ふじちゃんの様に肥るのかなあ」と兄に聞きながら、「僕のお母さんも、富士山の空気を吸ったのかしら」と思った。
光る風 富士を駆け抜け 雲となり
富士山が 今日は見えます 春の道
富士山の 向こうの空も 春いっぱい

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