建替えのために世田谷え
昭和16年地主は80坪を3000円でーちえこ
原宿の家を建て替える為にちえこの実家世田谷代田の近くに借家を家賃70円で借りた。家を建てる計画は、総て浩の一存で、普通の2階屋を建てると言うがちえこは小さくても良いから鉄筋コンクリートの家にしてくれと頼んだ。浩は聞く耳を持たなかった。家は15年12月28日竣工した。費用は、旧家屋の購入費5000円、新築費40坪で12000円、設備、庭の造園費8000円、計2万5000円であった。世の中は段々と戦争の拡大に向かい、食料も配給制になった。浩のお金の使い方に不満のちえこは子供達がいる前で掴み合い、怒鳴りあいの喧嘩の毎日であったが、流石に喧嘩に疲れた浩は16年のお正月に、ちえこが兼ねてから熱望していたアメリカのシンガーミシンをプレゼントした。ちえこはいっぺんに機嫌を直した。それから毎日新築の応接間にミシンを置き、色々な布を買って着ては子供達の服作りに熱中した。或る日、3軒隣の大邸宅に住む岡村海軍中将「地主」が土地「80坪」を3000円で買ってくれないかと言って来られた。浩は、もうお金が無いし、借金も出来ないと、隣の地主である吉川さんに買ってもらった。浩は絶好のチャンスを逃して、後年まで家族に馬鹿にされた、何の為に東大経済学部を卒業したのかと。「岡村家の長男、岡村昭彦は当時学習院に通っていたが、後年、ベトナム戦争の日本人従軍カメラマン第1号として活躍した」16年5月、日赤病院で3男の秀が生まれた。父が病院え見舞いに来てくれた、男で良かったと言ってくれたが、その言葉には何時もの元気が無かった。

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